業界イメージを一新するサービスの成功から学ぶ
5月13日19時30分から、博多経友会が行われました。
今月の講師は、株式会社晴天(あおぞら)伊原ルリ子社長。
瀬高町出身。
田舎で、小売業を始めた。これが少し当たった。
そして、イベントをやろう!福岡ドームでやろう!
誰を呼ぶ?どうせなら、世界一有名なマイケルジャクソンを呼ぼう!
すると人づてで、マイケルジャクソンと連絡を取ることができ、
福岡ドームでコンサートにくることが現実になった!
みんな「すごかね!」
本当に福岡へ呼ぼう!みんなで盛り上がった。
友達もやる気になった。
しかし、お金が無い。
親族・知人などから借りて、1億3700万円を集めた。
売れたチケットで、返済するつもりだった。
コンサートがあった2日間
スタッフみんな、とても充実して満足できた。
しかし、みんなのリーダー核だった夫婦が、お金を持って夜逃げした。
お金が無くなったことよりも、人間不信のショックが多かった。
それが、12年前。
親戚が「お金返せ!」と、毎日言ってきた。
今思えば、破産をしても・・・・・
しかし、その時は、返すことしか、考えなかった。
風俗と犯罪以外は、30ぐらいの業種で働いた。
朝は、青果市場の裏方。昼は、テレホンアポインター。夜は、歓楽街でホステス。
1日多い時は5つの仕事をかけもち。睡眠時間は2時間。
しかし、良かったことは、他の事を考える暇がなかった。
マイナスなことを考えなかったことが、とっても良かった。
しかし、ご主人と価値観が違ってきて、離婚をしてしまった。
ある時、結婚式の司会をしたいと面接に行ったら
年齢を言った瞬間、葬儀の司会をすればと言われた。
当時葬儀に対して、暗い・縁起が悪いといったマイナスイメージ。
しかし、「結婚式は土日しかないが、葬儀は毎日ありますよ!」って言われた。
「毎日あるのはいいね!」って、ことになり、電話をしてみた。
どの葬儀社も毎日あるし、ぜひお願いします。と言われた。
そして久留米の葬儀社へ電話すると
その時対応してくれた人が、態度がとっても悪かった
こんな態度がわるい人ができるなら、きっと自分でもできると気づいた。
次の日から、葬儀について研修を始める。
2ケ月に50件以上の通夜・葬儀を見てまわった。
車の中には、黒のジャケットを入れて、葬儀屋を回った。
葬儀に行けば行くほどいろんな違いがあることに気がついた。
たとえば、BGMが明るい曲だったり、個人を偲ぶメモリアルコーナーがあったりと
次に、葬儀に詳しい人を探して会っていくうちに
葬儀に女性がほしい。とか、人手が足りない。に気づいた。
そこで、葬儀へ人材を派遣しようことが、晴天(あおぞら)のスタート。
派遣する人材の求人を始めた。面接をした。全員合格。
葬儀屋さんに営業に回った。
葬儀のプロを派遣します!と言って、営業して回った。
1回だけと言って、仕事を取ってきた。
しかし派遣した社員は、みんな素人。
すると毎回、クレーム。
もう一度だけ、お願いしますと言って、スタッフを行かせた。
そして、クライアントとの関係ができた、仕事も上手くいっていった。
「このままでは、いかん!」と言うことで、研修をするようにした。
研修の成果で、仕事もいろんな発注が来た。
借金の返済がおわると、瀬高町の事務所を2年前、事務所を天神へ移転。
昨年は、東京に事務所を出した。
借金のおかげで、ここまでやれたと確信している。
伊原社長が心がけている事は
1)どんな時も「元気で明るく!」「ハキハキする!」をモットーに意識しやっている。
2)常に、問題意識を持つ。
3)「ピンチはチャンス!」問題と向き合う。クレームは大好き。
会いたくない人ともできるだけ会う。
実際に向き合うと大きな問題にならないことを借金をしたときに学んだ。
チャンと向き合うと解決に向かう。
いらないプライドは捨てる。持たなきゃならないプライドを知った。
もし、何かあっても、1からがんばろう!絶対に逃げない。
葬儀の派遣とスクールとコールセンターを中心にがんばって、
高齢者(60歳以上を中心とした)の派遣も行う。
今後の目標は、2012年に株式上場を目指す。
今月の講師は、株式会社晴天(あおぞら)伊原ルリ子社長。
瀬高町出身。
田舎で、小売業を始めた。これが少し当たった。
そして、イベントをやろう!福岡ドームでやろう!
誰を呼ぶ?どうせなら、世界一有名なマイケルジャクソンを呼ぼう!
すると人づてで、マイケルジャクソンと連絡を取ることができ、
福岡ドームでコンサートにくることが現実になった!
みんな「すごかね!」
本当に福岡へ呼ぼう!みんなで盛り上がった。
友達もやる気になった。
しかし、お金が無い。
親族・知人などから借りて、1億3700万円を集めた。
売れたチケットで、返済するつもりだった。
コンサートがあった2日間
スタッフみんな、とても充実して満足できた。
しかし、みんなのリーダー核だった夫婦が、お金を持って夜逃げした。
お金が無くなったことよりも、人間不信のショックが多かった。
それが、12年前。
親戚が「お金返せ!」と、毎日言ってきた。
今思えば、破産をしても・・・・・
しかし、その時は、返すことしか、考えなかった。
風俗と犯罪以外は、30ぐらいの業種で働いた。
朝は、青果市場の裏方。昼は、テレホンアポインター。夜は、歓楽街でホステス。
1日多い時は5つの仕事をかけもち。睡眠時間は2時間。
しかし、良かったことは、他の事を考える暇がなかった。
マイナスなことを考えなかったことが、とっても良かった。
しかし、ご主人と価値観が違ってきて、離婚をしてしまった。
ある時、結婚式の司会をしたいと面接に行ったら
年齢を言った瞬間、葬儀の司会をすればと言われた。
当時葬儀に対して、暗い・縁起が悪いといったマイナスイメージ。
しかし、「結婚式は土日しかないが、葬儀は毎日ありますよ!」って言われた。
「毎日あるのはいいね!」って、ことになり、電話をしてみた。
どの葬儀社も毎日あるし、ぜひお願いします。と言われた。
そして久留米の葬儀社へ電話すると
その時対応してくれた人が、態度がとっても悪かった
こんな態度がわるい人ができるなら、きっと自分でもできると気づいた。
次の日から、葬儀について研修を始める。
2ケ月に50件以上の通夜・葬儀を見てまわった。
車の中には、黒のジャケットを入れて、葬儀屋を回った。
葬儀に行けば行くほどいろんな違いがあることに気がついた。
たとえば、BGMが明るい曲だったり、個人を偲ぶメモリアルコーナーがあったりと
次に、葬儀に詳しい人を探して会っていくうちに
葬儀に女性がほしい。とか、人手が足りない。に気づいた。
そこで、葬儀へ人材を派遣しようことが、晴天(あおぞら)のスタート。
派遣する人材の求人を始めた。面接をした。全員合格。
葬儀屋さんに営業に回った。
葬儀のプロを派遣します!と言って、営業して回った。
1回だけと言って、仕事を取ってきた。
しかし派遣した社員は、みんな素人。
すると毎回、クレーム。
もう一度だけ、お願いしますと言って、スタッフを行かせた。
そして、クライアントとの関係ができた、仕事も上手くいっていった。
「このままでは、いかん!」と言うことで、研修をするようにした。
研修の成果で、仕事もいろんな発注が来た。
借金の返済がおわると、瀬高町の事務所を2年前、事務所を天神へ移転。
昨年は、東京に事務所を出した。
借金のおかげで、ここまでやれたと確信している。
伊原社長が心がけている事は
1)どんな時も「元気で明るく!」「ハキハキする!」をモットーに意識しやっている。
2)常に、問題意識を持つ。
3)「ピンチはチャンス!」問題と向き合う。クレームは大好き。
会いたくない人ともできるだけ会う。
実際に向き合うと大きな問題にならないことを借金をしたときに学んだ。
チャンと向き合うと解決に向かう。
いらないプライドは捨てる。持たなきゃならないプライドを知った。
もし、何かあっても、1からがんばろう!絶対に逃げない。
葬儀の派遣とスクールとコールセンターを中心にがんばって、
高齢者(60歳以上を中心とした)の派遣も行う。
今後の目標は、2012年に株式上場を目指す。
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ご挨拶が遅れ申し訳ありません<